今回の教訓

 今回紹介した2つのケースではいずれも、就業規則に支給日在籍要件の定めを設けていました。仮に支給日在籍要件が規定されていなければ、退職者にも賞与を支払わなければならないケースが生じます。例えば、「賞与は基本給の1.5カ月分」と定めているだけの場合は、計算期間の末日まで在籍していれば、退職後であってもあらかじめ決まっていた金額を支給日に支払わなければなりません。

 また年俸制の賞与で、例えば年収を16分割して、6月、12月の賞与としてそれぞれ16分の2ずつ支給しているような場合も、給与の後払い的な性格が強いので支給日に在籍していないことのみを理由に支払わないことは難しいでしょう。

 一方、就業規則で賞与について何も定めていない場合は、賞与支給そのものが不確定ですから、退職後に賞与を請求されても支払う必要はないということになります。

 こんなことを書くと、では、そもそも就業規則で賞与に関する定めをしなければトラブルを防げるのではないかと思われるかもしれません。しかし労働基準法では、賞与を「臨時の賃金」と呼び、「臨時の賃金」を支給する制度がある場合、当該制度を就業規則に定めなければならないと規定しています。

 また、労働基準監督署も「賞与については、その性格上、支給額について規定することは困難であろうが、その支給が制度として確立しているものであれば、支給条件、支給時期については定められるべきである」との見解を示しています。このような定めや見解を考慮すれば、最低限でも、支給対象者の条件、考慮すべきこと(施設業績、勤務成績、勤務態度など)、回数、時期を定めておく必要があるでしょう。

 賞与は職員のモチベーションを向上させるために有用な制度の1つです。実務的に考えても、無用なトラブルを避けるため、現実に賞与を支払っている慣習があれば、そのルールを明文化しておくことをお勧めします。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
中宮伸二郎(社会保険労務士法人ユアサイド代表社員)●なかみや しんじろう氏。立教大法学部卒業後、社会保険労務士事務所勤務を経て2007年に社会保険労務士法人ユアサイドを設立。非正規雇用問題を得意とし、派遣元責任者講習の講師を務める。