少しでも給与を下げて経営を軌道に乗せたいというA先生の気持ちは分からなくもないが、いったん雇用条件を提示し、了承を得て間もないうちに再交渉すべきではない。働く側のことも考えなければ、不満を持たれてしまうのは当然だろう。
Bさんには、「雇用条件などについて再度院長に確認して回答します」と話した。開業してこれから関係を築き上げていく段階だから、A先生が真摯に対応してくれれば多少の行き違いは理解してもらえ、修復できると考えていた。
当初は深刻に考えていなかったが…
院長に内容を説明すると「そのことだったの?」と意外そうな表情を見せた。「本人の要望を再確認して受け入れながら勤務してもらおう」ということになった。A先生も、この時点ではまだ深刻に考えていなかったようだ。
仕事が終わって午後9時ごろ、Bさんから電話がかかってきた。「よく考えたのですが最初の条件と話が変わっていくので辞めたいです」。筆者が、「その話については、A先生も当初の雇用条件通りにすると言っています」と説得しようとしたが、ご主人と相談したようで、「院長の話は信用できない。辞めるなら早い方がよい」ということになったらしい。
「それは困ります。明日もう一度話をしましょう」と伝えたところ、「それならば」ということで取りあえず電話を切った。予想外の展開に慌てた。早速A先生に連絡。このタイミングで退職という最悪の事態は何としても避けなければならない。A先生には、とにかく真摯に話し合うしかなく、最悪退職となった場合には人材紹介で対応せざるを得ないということを話した。
「もう皆で決めたことですから」
ところが翌日、つまり開業前日になって、事態はさらに悪化した。出勤してきたBさんを呼ぶと、なぜか事務のCさんも一緒に入ってきた。話をしようとしたところ、Bさんが「昨日話し合って皆で辞めようということになりました」と切り出した。
びっくりしてCさんに「何かあったの?」と確認すると、「雇用条件が変わるようだと困るので、辞めるなら開業前の今の方がよいと思いました」とのこと。何をどう話されたか、説得されたのか分からないが、CさんがBさんのペースに巻き込まれている。
「明日開院するというのに、あなた方がいなくなってしまったら、大変なことになります」と訴えたものの、Bさんは「でも、もう皆で決めたことですから」と取り付く島もない。「皆って、もしかしてDさんも辞めるの?」と聞くと、「そうです。後で本人から連絡があると思います」とBさんが言った。
「そう言わないで何とか1カ月でも手伝ってくれませんか」「いいえ、無理です」。あっという間に話し合いが終わった。これはどうしようもない。
A先生に話すと大層驚いた様子で、「どうにかならないの?」と聞かれたが、「先生、あの雰囲気ではどう説得しても無理だと思います」と答えるしかなかった。何とかしなければと、急きょ弊社から医事業務の経験を持つスタッフを応援に送り込み、看護師は紹介会社に依頼した。同時に3人の後釜となる職員を募集し、開業から2週間後に事務のパート職員を2人、その後に看護師もパート採用できた。何とか体制が出来て落ち着いたのは、開業して2カ月後であった。