トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 A診療所に労働基準監督署の職員がやってきた。どうやら職員が労基署に駆け込み、年次有給休暇を取得できないということを訴えたようである。院長には思い当たるフシがあった。

 「通告をしたと思われる職員のことが許せない。本人を問い詰めて、通告したことを認めたら、辞めてもらいたい」。院長は、憤懣やるかたなしといった表情で、顧問の社会保険労務士にこう告げた。

 院長によれば、労基署の職員は何の予告もなしに訪問してきたとのことだ。かつては、事前に調査内容や日時を指定した文書が封筒で届くことが多かった。だが、対象者が経営者から丸め込まれたり、「犯人探し」によってあらぬ疑いを掛けられて退職を余儀なくされるといったケースが少なくないことから、今では方法が変わってきている。既に職員が労基署に駆け込んでいる場合には、事前にその職員から状況を詳しくヒアリングし、違反の事実があると判断すれば今回のように突然やって来ることが多い。

 訪問時には、事前に対象者からヒアリングした内容と合致しているか確認することが一般的だ。特定の日時について集中的に状況を聞くなど、不自然さを感じることもある。

 A院長は、労基署の職員から具体的な状況を根掘り葉掘り聞かれ、最終的には「是正勧告書」という書類の交付を受けた。年次有給休暇の運用に手落ちがあったのは事実であり、院長もそこは認めている。だが、院長に直接訴えず、労基署に駆け込んだことがどうしても許せない。「解雇するのが難しければ、何らかの制裁処分を科せられないだろうか」と、院長は訴えた。

今回の教訓

 最近では、インターネットによってスタッフも労働法規などに関する情報を得られるようになり、職員の権利意識の高まりと相まって、対応に苦慮している院長は少なくない。中には、インターネット上で「労基署に駆け込んだら」と匿名で指南をしている人も多く、その対処法に困り、打つ手を模索しているのが現状である。

 少し前までは、退職をした職員が残業代をもらっていなかったといったことを密告し、給与明細などの資料を全て事前に労基署に提出して、医療機関が未払い残業代の支払いを迫られるというケースが多かった。

 だが最近は、退職後ではなく在職中に、労働条件の改善などを訴えてもなかなか実現しないということで「年次有給休暇を取得させてくれない」と駆け込んだり、「院長から暴言を受けたのでこれはパワハラではないか」と訴えるなど、従来では考え難かったようなケースが増えているように感じられる。