トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 A診療所に新たに入職をした事務職員B子。医事業務の経験者ということで採用したのだが、言動に問題があり、周りの職員からも浮いた存在となってきている。

 先日もこんなことがあった。患者が忘れ物をしたことに職員が気付き、まだ駐車場にいるのではないかと考えて届けようとしたところ、職員B子は「忘れる方が悪い。取りに来るまで放っておいたら。なんでわざわざあんたが届けるの?」と言ったのだという。

 B子は新人であるにもかかわらず、自分より年下ということで、同僚を「あんた」呼ばわりしていた。忘れ物を患者に取りに来させようとするなど、サービス業に従事しているという意識がなく、医療人としての適格性も疑ってしまう言動が少なくない。

試用期間中なら自由に解雇できる?
 忘れ物のエピソードからも分かるように、何事も面倒くさがるのが特徴で、いつも「疲れた」「あんたがやって」などと、仕事への意欲についても問題があるように感じられる。周りからは「一緒に仕事をやりたくない」という声も上がっているが、本人はそれに気付いていないようだ。「まだ試用期間中で、“お試し”の扱いなのだから、B子に辞めてもらっても問題ないはず」と院長は考えた。

 だが、試用期間中だからといって、職員を自由に解雇できるわけではない。合理的な理由がなく、社会通念上相当であると認められない場合には、解雇は認められない。今回のケースでは、感情的に解雇をしたいと考える気持ちは分からないでもないが、顧問の社会保険労務士から「待った」の声が掛かった。トラブルが想定されるというのがその理由だ。

 一般的に、その業務における経験が豊富であればあるほど、自分のやり方などにプライドを持っていたりするため、今回のケースで辞めてもらおうとすると「なぜ私が」ということで、相手の感情を高めてしまう可能性がある。

 窮鼠猫を噛むという言葉もあるように、追い詰めれば、労働基準監督署などに駆け込む可能性も考えられ、顧問の社会保険労務士からは、まずはB子に対して「周りの職員と協力的に仕事をしなければならないこと」「患者志向で業務を遂行することが医療人として求められること」の2点を伝え、それまでのことは厳重注意にとどめることを提案され、実際にそのような対応を取ることにした。

今回の教訓

 新規採用した職員について、言動を含めて何らかの問題が気になり、「このままでは職場全体に問題が波及する」として、早々に退職をしてもらいたいと考えるケースは少なくない。「試用期間中であれば解雇は自由にできる」と考え、解雇を急ぐ経営者もいる。そして、実際に試用期間中に解雇をする事例もあるが、その後にトラブルになることも多く、意外にも試用期間の考え方や活用法が間違っているように感じるのが現状である。

 まず、試用期間中の解雇については、自由にできるわけではなく、法律の解釈を理解しておく必要がある。労働契約法第16条では、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないような場合には、その権利を濫用したものとして、無効とする」と定めている。つまり、試用期間とはいえ、無制限にいかなる場合も解雇ができるわけではない。