まず、A本人に自信を持たせるために、院長面談を定期的に行い、部下育成の相談・報告を行ってもらうこととした。これにより、トラブルや不満の芽を早期に摘み取り、解決を図ることができるため、A自身の不安の払しょくにつながると思ったのである。

 そして、仕事のメリハリをつけることも提案。現場の仕事と業務管理を並行して行うことは避けられないので、1日の業務時間を大まかに区分して、部下との対応時間を確保するように助言した。さらに、部下との信頼関係を強化するため、コミュニケーションを図る機会をできるだけ多く持つように努め、その中でも個別に対処する事項と全員で課題を共有すべき事項に整理して対応するようにと伝えた。

 併せて、Aが必要だと感じる外部研修への参加も歓迎することを伝達。院長自身も組織全体の管理者としての役割があるので、互いに協力していこうと締めくくると、Aは安堵した表情を見せた。

今回の教訓

 今回の事例は、プレイングマネージャーである看護部門の管理者が、リーダーとしての経験と知識の不足から部下への対応にも自信を持てず、消極的な姿勢になってしまったことで、部下職員にも不安を抱かせる状況を招いたといえる。

 一方で、Aに対する部下職員の信頼はあり、一言でいえば「もう少ししっかりしてほしい」というところだったようだが、こうした思いがいろいろな出来事を通じて積み重なると、大きな不満に変わってしまうのはよく聞かれることでもある。

 一般的に、「上司は部下の味方」であることをリーダーが部下に伝えていることが重要だといわれるが、現場の管理責任を一身に担ったと感じているリーダー自身は、サポートを得られないと思うことで不安が大きくなってしまい、言動が消極的になってしまうこともある。こうした背景から、部下は「頼りない」と感じてしまうかもしれない。

 職場環境の整備はあくまで組織の管理者としての院長の役割であり、診療業務だけでなく、全体のマネジメントや人材育成に関わる部分についても、現場責任者であるリーダーと協働で推進することが必要だろう。

 今回の事例で、院長は自身がA看護師長の力量を見込んで採用したこともあり、あまり口出しするのは良くないと思いこんでいたため、A師長の悩みに気づけなかったことを反省していた。以降、院長はA師長との面談をより密に行い、業務管理や部下指導・育成に関わる情報の共有に努めたことによって、部下職員の不満も軽減されて院内も落ち着いたようである。

 組織管理の責任者として、院長自らが現場の状況把握や職員育成に関わる姿勢を示していくことは、感情的な職員トラブルを未然に防ぐだけでなく、組織のベクトルを同一方向に向けて、同じ理念に向かう組織風土を醸成する上でも有効なものになるはずである。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。