トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 東海地方のAクリニックは、耳鼻咽喉科を標榜する無床診療所。院長は開業当初、事務部門に目が行き届かず、薬品や材料の横領が行われたという苦い記憶があり、職員を基本的に信用しないというスタンスを取っていた。

 同クリニックには、正職員の看護師が1人とパート看護師が1人、臨床検査技師が1人、パート事務が3人在籍している。院長はなれ合いになることを懸念し、極力、職員との個人的な会話をしないようにしていて、カンファレンスや面談などを行ったことはなかった。

「私の診療方針に従えないなら、他を探せ!」
 そんな中、起きた事案である。かねてからパート看護師のB子と臨床検査技師のC男が交際をしているらしいことは、他の職員から院長の耳に情報が入っていた。曰く、B子とC男が休憩室でいつも食事をとったり、談笑したりしているから、自分たちがゆっくり休憩できないとか、2人で昼の休憩時間に外食しに行って、そのまま何時間も帰ってこないなどの苦情だった。

 ある日のこと、1人の患者の診察で話が長くなってしまった。すると、この患者が診察室から出て行ったとき、B子が「次の患者さんがお待ちなので、お話は手短にお願いしたい」との意見をしてきた。院長は、激昂して「患者さんにとって必要な話だ。医師の診療方針に口を出すな! そんなに私のやり方が気に入らないのか」と詰問口調で言った。

 そこに、臨床検査技師のC男が入ってきて、「患者さんをお待たせしている時間が長いから、B子は気を遣ってそのように言っただけなのに、そこまで大声で怒られるのは理不尽だ! 謝ってほしい」とこれまた、大声で院長に告げた。

「辞めろってことですか?」
 院長は「付き合っているのか何だか知らないが、2人とも私の診療方針に従えないなら、他を探せ!」と言った。C男は「辞めろってことですか?」と問い、院長が「辞めたいなら辞めればいい」と言ったところで、C男は出て行った。

 そのあくる日、C男は普段と変わらず出勤し、「解雇するのなら、解雇予告通知を出してほしい」と言ってきた。院長は、解雇予告通知とは何のことか分からずハローワークに問い合わせたところ、解雇するためには少なくとも30日前に解雇予告をするか30日分以上の解雇予告手当を支払う必要があることを知った。担当者からも解雇予告通知を出すように言われたため、作成してC男に手渡した。