1カ月後にC男は辞め、ほどなくしてB子も辞めた。その半年後、労働局から「あっせん」の開始通知書が院長の元に届いた。

 あっせんとは、個々の労働者と事業主との間の紛争の防止と迅速・円満な解決を図ることを目的とした「個別労働紛争解決制度」による手続きのことだ。労働局が設置した紛争調整委員会のあっせん委員が、当事者の間に入って調整を行う。裁判のように勝ち負けを決めるのではなく、互いの主張を聞いた上で着地点を探り、円満な解決を目指す。あっせんで双方の合意が見られなければ、手続きは打ち切られる。

 通知書面には、「解雇には理由がない。復職は求めないが、解決金として在職当時の年間給与の半年分に相当する250万円の支払いを求める」旨の記載があった。B子からも同様の申請がなされたようで、1週間後に同じような書面が労働局から届いた。

 院長は、紛争が長引く恐れがあるので、あっせんで解決してしまった方が得策との社労士の勧めにしたがって従って、あっせんに参加した。あっせん委員が提示した和解案は、医院側が解決金としてC男に80万円を支払うこと、B子の方は勤続年数が短いため15万円の解決金を支払うという内容であり、これにも従った。

今回の教訓

 Aクリニックの院長から相談が寄せられたのは、あっせん通知書が届いたときのことだった。「起こってしまったことの対応は、事実に即して行いますが、今後このようなことが起こらないように、もっと職員さんたちとコミュニケーションを取られてはいかがでしょう?」と提案したが、院長の心は頑なだった。その後も、「職員たちとの相互の信頼関係はまず、コミュニケーションからですよ」と、事あるごとに申し上げているが、院長の職員に対する不信感は根強いものがある。

 A院長が開業当初に、職員に横領されるという経験をされたのは大変お気の毒なことだが、それでも、経営者として職員を雇用している以上、コミュニケーションを取って信頼関係を築いていくことは欠かせない。

「こちらが気に掛けている」というメッセージを伝える
 職員との関係づくりを考える上で参考になりそうなのが、関東地方のDクリニックの取り組みだ。同クリニックは主に慢性疾患を診ており、夫妻で運営している。職員数は開業当初10人程度で始めたが、来院患者数の増加に伴い、現在では20人以上となった。地元の工務店に頼んで施工してもらった診療所の建物内は明るく開放的で、随所に花や絵が飾られており、院長夫妻の心遣いが感じられる。また、屋外も季節の色とりどりの花やクリスマス時期にはイルミネーションで飾られており、地域の人々の心を和ませている。

 数多くのクリニックの相談に乗る中で、とりわけ印象に残っているのが、このDクリニックの院長の言葉だ。あるとき、私が雑談の中で、最近は、モンスターペイシェントやモンスター社員などの相談が増えていることを告げると、院長は、「患者さんもスタッフも、こちらが気に掛けているよというメッセージを伝えられれば、大きなトラブルにはつながりにくくなる」と答えたのだった。