院長はその日の診療の疲れが一気に増幅するような心持ちになりながら、とりあえず、過重な業務を課していないことと、A男の勤務時間については調査をし、改善すべきことは改善すると伝え、電話を切った。

 院長は、知人に紹介してもらった社会保険労務士に相談し、A男に対する今後の対策を尋ねた。社労士からは、次の3点についてアドバイスがあった。

(1)放射線技師室の写真を撮っておき、今後、1週間で片付けをしないときは、業務命令違反で懲戒もあり得る旨を伝えること。
(2)信用して個室を与えているのに、目が届かないからといって、業務時間中に私用をすることは、これも懲戒事由に該当すると伝えること。
(3)私用での居残りは残業ではないことを伝え、業務で残業をする場合には、勤務管理簿にどのような用件で残業をするのかを事前に書いて申請させること。

A男が語った「帰宅できない理由」
 あくる日の朝、何事もなかったように出勤してきたA男を呼び、院長は社労士のアドバイス通りA男に注意をし、用件を伝えた。すると、A男は少し困惑したような顔をしてこう言った。

 「子どもの頃から、基本的に片付けが苦手なんです。片付けないと母がうるさくて、それも嫌で……。今でも母から色々なことを干渉されて、それが面倒で、ついつい帰宅するのが遅くなってしまい、申し訳ありません」

 院長は、A男の今の告白で、A男とその母との関係がよく分かった。その上で、A男にこう伝えた。「片付けは、仕事の基本中の基本だ。それができないようでは、医療人としてこれからやっていくことは難しいだろう。やり方が分からなければ手伝ってもいいから、自分で少しずつでもやってみなさい。また、私用で残るのは、防犯上のこともある。家に帰りたくないのなら、近くの喫茶店などに行く手もある。きちんとそのことをお母さんに伝えるように」

 それから1週間後、院長が放射線技師室を見に行くと、まだ乱雑な部分はあるもののだいぶ整頓されていた。また居残り時間も減り、その後母親からのクレーム電話はかかってきていない。

 それにしても、本人を信頼して個室を与えたのに、片付けの指導に加え、クレームを付けてくる親への対応まで求められるとは……。院長は、時代の流れと職員への対応の変化を思うのであった。