今回の教訓

 働き手の意識(職場の選び方)の変化、他業種の時給アップ、人材紹介会社の利用増加などの影響もあって、診療所がスタッフを直接募集しようとしても人材確保が年々難しくなっている。そのため、給与の底上げを迫られる診療所が増え、正職員を減らしてパートを増やし、パートの時給アップを図るといった対策を取るケースが目立つようになった。

 給与体系を設定したとしても、どうしても人材確保が必要な場合は前例に関係なく給与を提示し、簡単に崩れてしまうこともある。そうした「特別待遇」が生じやすいのは、以下のケースだ。
・前勤務先からの「引き抜き」、知人からの紹介で採用した
・退職者が出て辞めてほしくない状況にある
・技量が優れていて診療に欠かせない職員を引き留める必要がある
・相性がよく、仕事がしやすい職員を引き留める必要がある

 一方で職員も、辞められては困る状況を知っていながら、足元を見るような昇給交渉をしてくることがある。それを受け入れると、さらにバランスが崩れるという悪循環に陥る。そうした特別待遇は、「私は院長にひいきにされている」という特権意識につながりやすく、他の職員との間であつれきを生む。特に看護師に関しては診療所での採用が容易ではない状況下で、ある程度待遇を厚くすることはやむを得ない部分もあるが、度が過ぎないようにしないと、組織の不安定化を招くことになりかねない。

 元同僚の看護師の「引き抜き」に関しては、力量が分かっていて気心の知れた同僚を連れてきたいという医師の気持ちはよく分かる。ただ、病院勤務の同僚が診療所に移ると、多くの場合給料は下がるし、休みを取りにくくなるなど給料以外の待遇面でも不満が募りやすい。その結果、「特別待遇」にせざるを得なくなり、上記のようなトラブルの原因になり得る。

 そうした事態になるリスクも承知の上で、同僚を連れてくるという選択肢はもちろんあるとは思うが、私自身が新規開業の支援をする際には、あまりお勧めしていない。切り離せないスタッフの存在がマイナスに働くこともあるという点を理解した上で、人材採用を進めることが必要だ。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
原田宗記(株式会社宗和メディカルオフィス代表取締役)●はらだ むねのり氏。1957年生まれ。医療法人の事務長、部長を経て1996年、宗和メディカルオフィス設立。医療機関や介護施設の開業、運営コンサルティングのほか、診療所の事務長代行業務を手掛ける。医療法人役員として医業経営にもかかわる。