その後、周囲をじっと見つめるなどの不審な行動は見られなくなったが、それとともに存在感も薄れ、仕事に対する意欲も低下したことが見て取れた。そして、退職の意向を伝えてきたのである。

 慰留したい気持ちがある一方で、このまま周囲とうまくいかないのであれば本人も辛いだろうと思い、院長は退職を了承した。Bは「自分が認められない環境は初めてだった」とこぼし、入職後4カ月余りでクリニックを去ることになった。

今回の教訓

 今回の件で院長は、採用時にBの適性などを的確に判断できなかった点を反省したという。また、院長は開院以来、職員に問題ある言動が見られれば改善に向け直接指導するというスタンスで接してきたが、今回はBの上席でリーダーであるリハ主任の力を借りるべきだったのではないかと感じている。

 Bの仕事ぶりや日常の言動を最もよく把握しているリハ主任から、Bに対するアプローチがあれば、もう少し早い段階での関係改善が叶ったかもしれない。B本人の言動にトラブルの要因があったとはいえ、院長との信頼関係が構築される前に直接指導したことで、Bは周囲への不信感を抱き、院長にも心を閉ざす事態となってしまったのではないか、と考えた。

 入職した職員のフォロー体制については、指導担当となる先輩職員や上席からこまめに報告を入れるように依頼し、トラブルの芽が確認できた場合には、院長が考える指導方針に則して、現場で共に働く職員の印象や意見を聴きながら、育成に取り組まなければならない——。今回の件は、院長が職員育成の方針を再考する契機となった。

 安全が最優先される医療機関で円滑な業務とコミュニケーションを維持するためには、組織のトップが目配せをしつつも、改善に向けた現場の各職員の対応を尊重する姿勢を示すことが重要なのだと、院長は改めて認識した。
(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
齊藤規子(株式会社吉岡経営センター)●さいとう のりこ氏。北海道大学大学院法学研究科修士課程修了後、法律事務所勤務を経て(株)吉岡経営センター(札幌市中央区)入社。人事労務、組織管理、経営改善など医療機関を中心に経営コンサルティングを手掛けている。認定登録医業経営コンサルタント。