トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 耳鼻咽喉科のA診療所で勤務する50歳代の職員B子。中途採用で入職し、半年ほど経過したところで、「腰痛がひどいので、治療で労災保険を使いたい」と申し出てきた。B子が言うには「こんなに忙しい診療所は初めて」で、休むこともままならず立ちっぱなしの仕事が続くので腰痛になったとのことだ。

 院長が詳細に話を聞こうとしても、「仕事で腰痛がひどくなったのだから、当然労災保険を使えるのではないですか」と不満そうな表情を浮かべる。確かに人手不足ということもあり、求人をしているもののなかなか応募がなく、既存の職員で業務を回さざるを得なくなっている。目が回るような忙しさになることもあるのは事実だ。しかし、ひどい腰痛になるほどの業務とも思えず、院長はB子の要求に納得がいかない。

 それに、B子に対し労災保険を適用すると、他の職員も同じように追随するのではないかという懸念もある。かといって無下に断ると、本人のみならず、多忙な中で頑張ってくれている他の職員たちのモチベーションを下げるのではないかと気になる。十分な休憩を与えられず、立ち仕事が続いてしまったという負い目もあり、院長はどうしたらよいものかと対応に困っている状況だ。

今回の教訓

 医療機関や介護施設では、特に中高年の職員から腰痛を訴える声が出ることが多い。実際には加齢によるものであったとしても、A診療所のように忙しくて休む暇もなく、立ち仕事が続いていると、それが原因で腰痛になったのではないかと考えてしまう気持ちも分からないではない。B子のように「仕事が原因なのだから労災保険を使いたい」と申し出てくるスタッフもいる。

 通常の健康保険を使って治療をすれば、原則3割の自己負担が必要なところ、労災保険であれば基本的に自己負担が必要ないため、支出を抑制できる。特に医療機関のスタッフは、自らの勤務先で労災保険を使って治療を受けている患者を見ているので、基本的なことは分かっており、「自分にも当てはまるのでは」と考えることが多いようだ。

 しかしながら、労災保険は仕事に関連するもの全てに適用されるわけではない。実は、腰痛が労災保険の適用となるか否かについては、厚生労働省が認定要件を定めている。労災保険として扱う場合には、「腰の負傷またはその負傷の原因となった急激な力の作用が、仕事中の突発的な出来事によって生じたと明らかに認められること」「腰に作用した力が腰痛を発症させ、または腰痛の既往歴・基礎疾患を著しく悪化させたと医学的に認められること」のどちらも満たすことが要件である。

 一方で、「突発的な出来事が原因ではなく、重量物を取り扱う仕事など腰に過度の負担のかかる仕事に従事する労働者が発症した腰痛で、作業の状態や作業期間などからみて、仕事が原因で発症したと認められるもの」も、災害性の原因によらない腰痛として労災保険の適用を受けられることがある(図1)。つまり、仕事中に急激な力の作用が加わったことで、いわゆるギックリ腰になった場合は、突発性のものなので労災保険の適用になる可能性が高く、そうでなくても重量物を取り扱う仕事に相当期間従事していれば、それも適用される可能性が高いということになる。

図1 「災害性の原因によらない腰痛」の定義(厚生労働省の「腰痛の労災認定」リーフレットより抜粋) ※クリックすると拡大表示します。