トラブルの経緯

イラスト:畠中 美幸

 A診療所では、業務の効率化のためにタブレット端末を何台か使用しているが、先日、看護師のB子がそのうちの1台を落として液晶部分が割れ、部分的に損傷させてしまった。実はB子は他の備品も損傷させたことが何度かあり、今回の件が初めてのことではない。

 このタブレット端末を落とした際、院長は他のスペースで診察中で、詳しい状況は分からなかったのだが、「あ、またやっちゃった」という声とともに何人かの職員の笑い声が聞こえてきた。そして翌日になって、B子が「先生、すみません」と報告してきたことで、初めて詳細を知ることとなった。

 その報告の際、B子は本当に反省しているか分からないような態度であり、これまでの備品破損の件もあり、院長は立腹。厳しく注意し、今回のタブレット端末の修理代を支払うようにと伝えた。

 これに対しB子は「わざと落としたわけではないのに、私が支払うのはちょっと違和感があります。保険とかでカバーできるはずですし、なぜスタッフが修理代を負担しなければいけないのでしょうか」と反論してきた。そう言われて、本当にスタッフに支払わせてよいのか自信がなくなった院長は、返事を保留して後日改めて説明することにした。

今回の教訓

 今回のタブレット端末に限らず、医療機器やその他の備品について何らかの理由で職員が損傷させてしまうことはよくある。もちろん、誰しもミスや失敗をするので今後気を付けてくれればそれでよい、ということで注意をして終わるケースが多い。

 しかしながら、B子のように不注意で何度も損傷させている上に反省の色がうかがえず、修理代に多額の支出が伴う場合に、修理代を職員自身に負担してもらいたいと考える経営者の気持ちは分からなくもない。ところが、実際に職員に損害の賠償を求めると、反論してきたり「ブラック企業のようだ」などと言って退職してしまうこともある。

 職員による賠償に関して経営者、管理者が知っておきたいのが、労働基準法第16条の「賠償予定の禁止」の規定だ。「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」という内容だが、これは例えば、入職して3カ月以内に退職したら求人に要した費用を支払ってもらうとか、〇〇ができなかったら勤務先に迷惑を掛けるので罰金を支払ってもらうといったルールを定めることを禁止する規定である。労働が強制され、労働者が使用者に隷属する関係となって拘束されることを防止する趣旨から規定されている。

 従って、実際に備品などを損傷させた際に賠償を求めることとは別の話であり、今回のように実損額の賠償を求めることは労働基準法違反とはならない。こうしたことまでが違法となってしまえば、例えば、運送会社のドライバーが何度もトラックをぶつけて修理代が何百万円になっても、会社だけが損害を被り続けるという問題が生じてしまう。