イラスト:畠中 美幸

 A診療所の職員数は、パートタイマーも含めて約10人。互いに足を引っ張ることもなく、皆ちょっとした気遣いを欠かさず仕事をしてくれていて、院長は、まとまりのある組織だと感じていた。

 そんな中、職員B子がSNSで、院長に「相談があります」とのメッセージを送ってきた。A診療所では、院長と職員との連絡用として、また副次的なコミュニケーションツールとしてSNSを利用している。それまで、B子がSNSで院長に連絡をしてきたことはなく、院長は「直接相談をしている光景を他の職員に見られたくなかったのかもしれない」と考えた。

 そこで、別の日の診察終了日、院長はB子と個別面談を実施。その場でB子は、「スタッフが休日などに遠方に外出した際、お土産を職員の人数分買ってきたり、業務で外出した際にお菓子を買って配ったりすることが慣例になっていますが、これをやめることはできないでしょうか」と切り出した。生活にゆとりがないので、余計なお金は使いたくないとのことだった。

院長は良い文化だと感じていたが…

 A診療所に限らず、一般企業においても、従業員が休日や休暇を利用してテーマパークやリゾート施設などに遊びに行った際、「職場の仲間用に」と小分けができるお土産を買ってくるのはよく見られる光景である。それをきっかけとして、仕事とは異なるちょっとしたコミュニケーションが図れ、職場内の雰囲気が良くなったりするため、組織の「文化」として根付きやすい。

 また、A診療所のような診療所では、職員が院内の備品をホームセンターなどに買いに行ったついでに、気を利かせて小分けができるお菓子などを買ってくることもある。それが文化として連綿と続くことで、「外出すれば何かを買ってこなければならない」という状況になっていることも少なくない。

 A診療所の院長は、診察終了後や昼の休憩時間に、職員たちがお菓子をつまみながら楽しそうに会話をする光景を見て、「我ながらいい組織だ」と感じていた。女性が多い職場では派閥が生じるようなこともあるが、そんな様子は全く見られない。患者がいる場では全員がキリっとした面持ちで職業人としての職務を全うする一方で、仕事が終わればそれぞれがお茶やお菓子を楽しみながら、素のままの表情を見せ、オンとオフを上手に切り替えている点でも、院長は良い組織風土だと感じていた。

B子の思いを受け止める形で検討

 相談を受けた院長は当初、「良好な組織風土に水を差す提案ではないか」と思ったが、B子の話をさらに聞き、その提案は十分理解できるものだと感じた。

 B子はシングルマザーとして子育てをしており、将来的には子どもに大学などに進学してもらいたいと考え、色々とやり繰りしながら貯金をしているところだという。生活費を切り詰めている中、余計な出費をしたくないとB子は話した。