イラスト:畠中 美幸

 A整形外科診療所で勤務する理学療法士のB男。一人暮らしをしており、仕事がある日は早くから出勤し、遅くまで残っていることが多い。

 ただ、仕事をやっているかといえば、そうでもないことが多く、早く出勤しては暖房の温度をかなり上げた状態でスマートフォンでゲームをしたり、テレビを見たりしている。また、仕事を終えた後も、何やらダラダラと残って個人所有のスマートフォンやモバイルバッテリーなどを充電し、時には充電が完了するまで待っているように感じられる。

 院長は、以前は気にも留めていなかったが、最近の電気料金高騰によって無駄な電気代がかかるのではないかと気になってきた。だからといって、直接的に「電気代が高いから早く帰るように」などと注意すれば、ケチな人だと思われてしまいそうで、なかなか言い難い。こうした問題に対し、どうすればよいのだろうかと頭を悩ませ、顧問の社会保険労務士に相談をした。

自院の費用の実情を伝え理解を求める

 このところ電気料金が高騰しており、電力会社からの請求書の金額に驚く経営者も少なくない。施設規模が大きければ、さらにその額は膨らみ、経営の圧迫要因となっていることは明白である。A整形外科診療所も、そうした電気料金の高騰に頭を抱えている。顧問の社会保険労務士によれば、最近、同様の相談が相次いでいるという。医療機関に限らず、一般企業でも悩みの種になっているとのことであった。

 確かに、今まで注意をされたり帰宅を促されることもなく、ある程度の自由さが許されていた状況下で、唐突に指導を受ければ、職員は違和感を持つものである。しかし、電気料金の高騰は、一般家庭においても頭を抱えている問題であり、多くの職員がその背景や実態を理解していることは間違いない。

 そのため、今回のようなケースへの対処法としては、自院の電気代が1カ月にどのくらい発生しているのかを職員に周知することが効果的だ。その際、材料費総額や業務用車両のリース料など公開可能な費用のデータがあれば、それらも併せて伝え、1年前や3年前などの数値と比較すれば、電気代が特に直近において大きく増加していることを理解してくれるはずである。

 また、人件費の総額も示しながら、「電気料金が高騰し続けていくと、予定している賞与の原資が全体的に減少する可能性がある」旨を伝え、電気代のみならずその他の支出も意識して抑制してもらう(コスト削減に向けて取り組んでもらう)よう促すとよいだろう。

私物の充電は「規律」の問題として

 一方で、個人のスマートフォンやモバイルバッテリーの充電を容認するかについても検討が必要である。本来であれば自宅で電気代を払って充電すべきものを、職場で行うということは、電気を勤務先から盗取しているとの見方もできなくはない。1回当たりの電気代は、現実的にはそれほどの額にはならないが、むしろ規律の問題として捉える必要がある。

 こうしたことに対し、見て見ぬふりをするのではなく、しっかりと日常的に注意をしていかなければ、徐々に職場の規律は乱れるであろうし、互いに注意し合うことがなくなっていく状況も想定される。従って、この点は電気料金の高騰の問題とは別に考え、規律を正す意味でも指導を行った方がよい。

 結局、A整形外科診療所では、「半年間の振り返り」として、年に2回、経営に関する一部のデータを開示する場を設けることにした。

 初回のミーティングでは、職員たちの働きに対し感謝の気持ちを伝えた上で、経営状況を説明。自院での電気代の増加についてグラフ化して見せ、職員に節電のお願いをし、どういった節電ができるのか、サービス水準を落とさずにできることをグループワークによって考えてもらった。そうしたところ、暖房の温度設定を少し下げてサーキュレーターを活用してはどうかとか、太陽光がもっと入るように観葉植物の位置を変更してはどうかといった意見が出され、それらを反映した対策を講じることが決まった。

 理学療法士のB男はそうした議論の中、自分が電気を無駄使いしていることを理解したのか、その日以降、無駄と思われるような電気の使用がなくなり、スマートフォンなどの充電を職場で行うこともなくなった。

(このコラムは、実際の事例をベースに、個人のプライバシーに配慮して一部内容を変更して掲載しています)

著者プロフィール
服部英治●はっとり えいじ氏。社会保険労務士法人名南経営および株式会社名南経営コンサルティングに所属する社会保険労務士。医療福祉専門のコンサルタントとして多数の支援実績を有する。

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