——その後、僻地の診療所へ行かれたそうですね。
 ええ。自治体の公募に志願して、単身で赴任しました。人口500人程度の高齢者が多い僻地で、医療機関は1つしかありませんから、専門以外の診療にも対応することになります。ちなみに、医局からの反対は特にありませんでした。それまで尽力してきたので、私の意志を尊重し送り出してもらいました。

——僻地での診療はどのような感じだったのでしょう。
 赴任してすぐ、質の良い医療が施されていなかったことが分かりました。ただ単に、患者に言われるがまま、エビデンスも全くない、不必要な薬が漫然と処方され続けているケースがありました。院内処方で薬の在庫がたくさんあったことも良くなかったのかもしれません。不必要な薬やエビデンスが全くない薬は、思い切って処分しました。患者にも根気強く説明して、理解してもらうよう努めました。

 そのほか、AEDのメンテナンスがされていなかったり、輸液ポンプやシリンジポンプがなかったり、縫合針や糸の期限が切れていたりと、備品や材料の面でも問題がありました。自治体から積極的な支援が得られなかったので、過去の勤務先から廃棄処分のシリンジポンプを譲ってもらったり、サンプル用の縫合針や糸を回してもらったりして対処しました。

 赴任していた当時の年収は1800万円。これくらい出さないと、志望する医師はいなかったのでしょう。行政側は、とにかく赴任してくれる医師がいればいいという感じでしたから、医療の質を求めるのは難しいかもしれません。私は任期の1年でここを離れましたが、その後も体制はあまり変わっていないようです。現地の看護師からは今でも困ったことがあると連絡があり、相談にのっています。

 僻地での経験は、「外来診療に興味が持てるか」という私の疑問に、明確な答えを出してくれました。呼吸器疾患や消化器症状も含めた一般内科領域、腰痛などの整形外科領域、頻尿や排尿困難といった泌尿器科領域など様々な症状に対して総合診療的なアプローチが必要だったり、患者の訴えから症状の増悪を予見したり。外来診療の重要性や奥深さを実感することができ、自信にもなりました。そこで、やはり開業しようと決意し、僻地から戻った後、以前の派遣先だったB総合病院の救命救急センターに勤務しながら準備を進めました。

——開業や転職を考えている医師に、何かアドバイスをお願いします。
 まだ開業したばかりなので助言できる立場にはありませんが、開業した先輩方からは、3年は大変だよと言われました。それでも、自分の信念を曲げてはいけない、目指す医療を地道に続けていくだけだと。

 私の場合はこれまでの診療経験を生かし、専門的な循環器医療を提供するとともに、質の高いプライマリケアを担いたいと思っています。 大学病院や総合病院での臨床経験はもちろんですが、様々な症状を診ることが多かった僻地での経験は大いに役立っていますね。時々、受け持ち患者が勤務する企業の人事担当者や産業医から、患者の症状や就業上の配慮について説明を求められることがあります。そうした時には、産業医の経験から、プライバシーと個人情報の保護を図りつつ、問題点を整理して、具体的かつ的確な回答をするよう心がけています。

 転職にしても、自分のプライオリティーを見極めることは大切でしょう。また、退局しても、医局とは友好な関係を築いておくとべきだと思います。