大学院への進学が求められる医局に入局して外科勤務医を続けるか、将来の開業を目指して新たな経験を積むか—。後期臨床研修修了後の進路を考えたとき、入局はデメリットの方が大きいと判断。自ら医師紹介会社を利用して、形成外科クリニックへの就職を決意した。院長からは、「ゆくゆくは分院を任せたい」と期待されているという。


木島翔太(仮名)さん
外科医。関東の私大医学部を卒業後、出身地のA病院にて初期臨床研修を開始。A病院での後期臨床研修修了後、母校や地元B大学などの医局には入局せず、医師紹介会社を利用して、今年4月から関東の形成外科クリニックに就職することを決めた。30歳代、今年結婚予定。

——進路を考え始めたのはいつ頃ですか。

 関東の大学を卒業して、出身地である東北のA病院で研修5年目を迎えた、昨年の6月頃です。はじめは大学医局に入って外科勤務医として働くか、将来の開業を見据えて違う場で修行を積むかで悩みました。

 地元で大学勤務医として働くには、B大学の外科に入局するのが一般的です。研修先のA病院はB大学外科の系列だったので、外科の医局長に話を聞きに行きました。その際、まずネックに感じたのが、大学院への進学が入局の条件になっていることでした。大学院に進学するとなれば、最低でも4年間は医局に所属しなければならないし、学費もかかる。しかも、そこで自分がやりたい研究や手術ができるとも限らない。

 医局人事では転勤が多いですし、勤務条件や給与などの待遇の向上も見込めません。もちろん、入局して大学院に入れば専門的な疾患を診られる、ある程度の身分保障を得やすいといったメリットもありますが、私の場合はデメリットの方が大きく思え、入局するのはやめることにしました。

 一方で、外科系で開業を検討する場合、耳鼻科や皮膚科といったいわゆるマイナー科や、形成外科や美容外科などを選択する人が多いようでした。私は全く経験のないマイナー科よりも、分野は違っても手術経験を生かせそうな形成外科や美容外科に興味を持ち、そちらの求人を探してみようと考えました。

——指導医には反対されませんでしたか。

 B大学からA病院に派遣されていて、それまで育ててくれた指導医たちには申し訳ない気持ちもありましたが、私の考えを尊重してくれ、入局を強く勧めることもなく、色々相談に乗ってくれました。「もし違う道に進んでだめだったときは、また戻ってくればいい。医局にも話をするから」とも言ってもらい、すごくありがたかったですね。やはり、医局と何のつながりもなくなってしまうと、不安な面もありますから。

 A病院で研修して、外科をやってきて、本当によかったと思っています。もし、また外科勤務医に戻ることを考えたとしても、恥ずかしくないくらいの経験ができました。研修医5年目には、外科専門医の筆記試験に最短で合格。この6月に面接を控えています。大学の外科で研修していても、専門医取得に必要な症例数を経験できないことがあるようですが、私は研修2年目の後半で既に満たしていました。A病院の外科の指導医たちは様々な臓器の手術を担当していて、研修医にも同じように手術に関わらせてくれたんです。大学の同期と会って話しても、「そんなに症例を経験しているの?」と言われました。

 東日本大震災が発生したときには、被災地で救急医が担うような仕事もこなしました。トリアージで最優先の治療が必要な赤タグの患者を診るリーダーを務めたこともあります。研修医は3年目から救急車に対応する責任者も任せられて、満床でも断ってはいけないと言われていたので、かなり修練になりました。こうした経験を積んだことで、JTCR(日本外傷診療研究機構)のJATECコースも修了しました。様々な経験を通じて、自信がついたと思います。