後期臨床研修医として勤務した大学病院で激務のため体調を崩し、抑うつ状態に。1年で心身に限界を感じ、転職を決意した。キャリアが閉ざされる可能性も覚悟したが、尊敬する精神科医のバックアップで、精神科クリニックに転職。現在は体調も回復し、充実した日々を送っている。


加藤学(仮名)さん
精神科医。私立A大学医学部卒業後、A大学附属病院で初期臨床研修。その後、B大学大学院に在籍しながら、B大学附属病院精神科に後期臨床研修医として勤務。当初の勤務条件からかけ離れた激務で体調不良が度重なり、抑うつ状態が続いたことから心身に限界を感じ、退職を決意。研究分野で尊敬するC医師の仲介で、精神科クリニックへの転職を果たす。20歳代、1人暮らし。

——大学病院を辞める決意をされたきっかけを教えてください。

 入局時に確認していた後期研修医の募集要項と、実際の勤務状況がかけ離れていたことが、退職を決意したきっかけです。募集要項には、「3年の研修期間修了後すぐ精神保健指定医取得可能、うち2年目は関連病院での外勤」と記されており、当直は週に1回程度の予定でした。

 ところが、実際には当直は週に2回以上、多い時には1カ月の半分も自宅に帰れない状態でした。学生時代の友人たちと話しても「その当直回数は厳しいね」と言われました。医師の人数が少ないわけではないのに、医局に体育会的な雰囲気があって、とにかく何でも研修医がやらされるんですね。先輩医師が1カ月に1回だけでも当直してくれたら、負担はかなり軽くなったと思います。先輩医師は、当直はしないのに、患者には「何かあったらいつでも呼んでください」と言っていたので、深夜のオンコールも頻繁にありました。そんな状況ではほとんど眠れず、日常的な睡眠障害に陥りました。

——勤務状態の改善を訴えたことは?

 教授に「当直が多すぎてきつい」と訴えても、「医局長に全て任せているから」と言うばかり。医局長も「みんなそうしてきたんだから頑張れ」「上になればラクになるから」と言うだけで取り合ってくれませんでした。先輩医師は心配はしてくれていたのですが、医局長の権限が強いので、どうすることもできない状況でした。次第に体調を崩すことが多くなり、「このまま続けるのは無理かもしれない」と思うようになりました。

——どのように体調を崩したのでしょうか?

 初期には副鼻腔炎や耳下腺炎などが出ていましたね。多形滲出性紅斑で入院を勧められたこともありました。精神的にも抑うつ状態が続き、入局から1年を迎える頃には軽い希死念慮も出てきて、「このままでは危ないな」と思っていました。

 それでも何とか続けていたのは、2年目に入れば外勤になるので、少しは状況が良くなるだろうと考えたからです。でも結局、外勤の話は実現せず、残されていた逃げ道もなくなりました。それでもう、「続けるのは無理だ」と限界を感じました。

——その後すぐに退職を決意したのでしょうか?

 その頃は精神的に追いつめられていて、冷静な判断ができなかったので、まずは信頼できる誰かに相談しようと考えました。そこで思い当たったのが、初期臨床研修時代に知り合ったC先生でした。C先生は初期研修を受けた母校のA大学附属病院の非常勤医で、研修中に接触はなかったのですが、研修医の送別会に来てくださって……。お話ししてみると、自分が目指している研究分野で活躍されていることが分かり意気投合。以来、ご自宅に招いていただいたり、折りに触れてご挨拶したりしていました。

 C先生にメールで当時の勤務状況や自分の心身の状態を伝え、それでもキャリアのためには大学病院に残った方がいいのか、転職を考えるにしても研究が続けられなくなるのが不安だといったことも相談しました。すると、久しぶりの連絡だったにもかかわらず、その日のうちに「いつでも会いにいらっしゃい」と返信をくださいました。実際にお会いできたのは1週間後だったのですが、それだけでも救われた気持ちになりましたね。