何より、不妊治療であれば当直がなく、日中で仕事が終わります。子育てをしながら自分が働ける最大の時間で、他の先生と同じ仕事ができるのです。
思案の末、医師紹介会社2つに登録し、「自宅から近い」「不妊治療を手掛けている」という2つの条件に当てはまる新しい勤務先を探してもらいました。そのうちの1社に紹介されたのが、現在勤務しているAクリニックです。
ただ当初は、「不妊治療を実施している病院は、患者さんの弱みにつけ込んで暴利をむさぼっているのではないか」という気持ちもありました。でも、実際に院長の面接を受けたところ、患者を第一に考える姿勢が感じられ、治療費も想像したほど高くはなく、清潔な印象を受けたことが決め手になり、就職を決めました。
加えて、働きやすそうな職場だと思えたことも大きかったですね。私と同じように子供を持つ女性医師もいて心強かったし、院長からも「非常勤だけど、常勤の先生と変わりなく仕事をしていいからね」と言われました。
——医局には、辞めることをどう切り出したのですか。
転職活動を進めるかたわら、医局に「今のままではしんどいので辞めたい」「他のところへ移りたい」と話をしました。すると教授から大反対を受け、残るようにと説得され、さらに「そんなに大変なら婦人科検診専門のBセンターに行ったら」と提案してくれたんです。
それはありがたい話ではあったのですが、Bセンターでの仕事内容は資格さえあれば誰にでもできる仕事です。勉強にならないし、そうした仕事を続けていたら腕が鈍ってしまいます。とはいえ、「ここで自分の意志を押し通しては波風が立つ」と考え、「Aクリニックに行きながら、Bセンターにも行こう。まずは様子見をしよう」と決めました。そんなときに、2人目の妊娠が分かったんです。
医局としては、すぐに産休に入る人間を派遣することはできません。Bセンターで勤務する話は立ち消えになり、教授は「どこにも行かないでいいから、とりあえず産休を取りなさい。育児が落ち着いたら戻っておいで」と言ってくださいました。
そんな経緯で、私は第2子妊娠中の5年前から、医局には内緒でAクリニックの非常勤医として働き始めたのです。Aクリニックの場所が大学から遠く、大学病院では不妊治療を実施していなかったことから、横のつながりがほとんどなく、バレずに済んだようです。
実は、医局を正式に辞めたのはつい半年前です。今まで「医局に戻るのはまだしんどいので、家の近くのクリニックで働きます」と言って、のらりくらりとしてきたのですが、Aクリニックの常勤医になることが決まったので、ここできちんと医局を辞めることにしました。
最後は教授に挨拶に行き、「非常勤で働いているクリニックで常勤になります」とお話ししたところ、すんなり了承していただきました。医局の人事ローテーションから離れて5年。すでに私はいてもいなくてもいい存在になっていたし、教授も引退間近で、「もう、いいか」と思われたのでしょう。
今の仕事にはやりがいを感じています。ただどんなにいい治療をしようが、肝心なのは妊娠するかしないかですから、それなりに厳しい面はあります。それでも、あのまま医局に残っていたら、満足できる働き方はできなかったでしょう。今は不妊治療の第一線に立っているという自負があり、総合病院に戻っても、この分野でやっていく自信があります。婦人科検診のバイトをしていたら到底戻れなかったと思いますから、今の選択に後悔はありません。