緩和ケアと聞くと、「がん末期のケア」が思い浮かぶ読者は少なくないと思います。しかし、緩和ケアは疾患や病期にかかわらず、生命、そして人間の尊厳(自分らしいあり方)を脅かされている人々への「全人的ケア」の姿勢・理念です。がんの末期や痛みのマネジメントが求められる時にだけ必要とされるケアではありません。死に至るかもしれないとの思いや、自身の生き方(治療の選択)が問われている時、つまり実存(自己存在)がおびやかされている対象を、緩和ケアの理念を持ち支えることが重要です。緩和ケアが普及し、その重要性を再認識する中で、近年改めて「早期からの緩和ケア」が提唱されるようになってきました。
人はだれしもさまざまな事情を抱えて生きており、時にそうした個々の事情が治療や診断を進める上で障壁になることがあります。では、ナースはどこまで、どのようにこのような患者に寄り添い、支援することができるのでしょうか。外来看護は未整備であることが多く、ナースの意識や人材の配置が不足しているのが現状です。しかし、看護が関わるべき場面はたくさんあるように思います。次に、私が対応したあるがん患者さんのケースを紹介します(個人情報のため、一部改変しています)。治療を拒んでいたがんの女性です。
乳がんの治療を拒んでいた43歳女性
良子さん(仮称)は、内向的な性格で人と接することが得意ではありません。母親、姉との3人暮らしで、パートタイムの事務職をしていました。
5年前、乳房の異変に気付き、心配で近くの医院を受診し大きな病院に行くように言われたのですが、大勢の人がいる病院に行くことをためらいそのまま過ごしていました。その後3年ほどして、乳房のしこりが大きくなり表面が赤く盛り上がってきたので、思い切って大病院を受診。そこで医師から、「なんでこんなになるまで放置して、病院にかからなかったのか」と一喝され(※良子さんの印象)、色々な痛みを伴う検査もされ、辛い体験をしまいました。そして病院に二度と行く気にはなれず、母親が重い病気になるなどの家庭内の事情もあり、そのまま2年が経過しました。1カ月前より皮膚の痛みが辛く浸出液も伴うようになり、家族に説得されて思い切って病院を受診しました。
幸いにも1回目の診察時に処方された鎮痛薬が奏功し、よく眠れ、仕事にも集中できるようになりました。2回目の受診の際には前回よりも緊張がほぐれ、少し力が抜けたように感じました。医師へのかたくなな態度は続きましたが、間に同じナースが入ることで、検査・治療を導入できました。このまま、今回も治療を受けず乳房のしこりを放置していたら、痛みの増強や全身への転移、栄養状態の悪化により生活の質は低下し、予後も限られていたでしょう。現在も良子さんは治療を続けていますが、全身への転移は見付かっておらず、痛みも緩和されています。勤務回数は減ったものの仕事も続けていて、病気を患う母親との時間も大切に過ごしています。
良子さんの受診経過や医師に対する態度は一般的ではありませんが、その人なりの事情や状況のとらえ方をナースが理解し、複雑な治療についての説明が理解できるよう関係性を整えることで、治療を導入することができました。身体の痛みだけに注意を向けるのでなく、このように患者の思いに寄り添い、社会で生活する意思のある一人の人間として尊重し、その人に焦点を当てて全人的な視点から理解していくことが、緩和ケアの基本なのではないかと思います。
※本コラムでは、読者の皆さまからの質問を募集しています。緩和ケアに関する現場の悩みにスペシャリストがお答えします。投稿はこちらから。お待ちしております。
うめだ めぐみ氏●1987年京都市看護短大卒業、淀川キリスト教病院勤務、2000年専門看護師認定、昭和大病院勤務。09年に起業し、緩和ケアに関連した看護活動を、施設を超えて行う。昭和大病院・ナグモクリニック非常勤看護師、キャンサーネットジャパン理事。