天井まで積み上がった大量のインスリン
糖尿病、心疾患・脳梗塞後遺症を合併した70歳男性です。本人は時々デイサービスを利用したり、近所へ飲みに行くなど、気ままに外出する方でしたが、一緒に暮らしている妻は脳梗塞後の片麻痺が著しく、ヘルパーの手を借りて身の回りのことを何とか行っており、夫の世話にまでとても手が回らないような状況でした。
とある日、ケアマネジャーから、「内服薬も飲めていないみたいだし、インスリンかしら?それも打っている気配がないんです」と相談がありました。その日のうちに患家へ初回訪問に出向くと、高さ50cm程度のサイドボードの上に、未開封のペン型インスリンの箱が天井までぎっしりと積み上げてありました。驚がくしていると、ケアマネが横から「やっぱりインスリンだったんですね。実は、もっとたくさんの箱が押し入れにあったので、数日前に処分したばかりです……」とのこと。
さらに、嫌な予感がしたので押入れを開けてみると、古いもので5年以上も前の日付の薬袋が何袋もあるわあるわ、出てきました。とりあえずすべてをステーションに持ち帰り、残数をカウントし始めましたがらちがあきません。
気を取り直し、国立系病院の主治医に電話をしましたが、複数の診療科にかかっており、各担当医からは「そんなことを言われても、うちで(処方した薬で)はないからな〜」と言われる始末……。困りましたが、ちょうどその方の定期受診日が近いことを思い出し、診察に同席する決心を固めました。
そして、受診当日……。薬の入った巨大な紙袋を持参した私が、患者と一緒に診察室に入り、名刺を渡して挨拶したところ、内分泌代謝内科の主治医は当初、あからさまに不機嫌な表情を浮かべました。しかしその後、何か思うところがあったのか、急に態度が変わり、「3日後になりますが、教育入院をいたしましょう」と妙に丁寧に対応してくれました。
その後、約3週間入院し、退院に際しては病棟主治医から電話があり、「お待たせいたしました〜。訪問看護師さんの手を煩わせないように、薬剤の調整をつつがなく済ませました〜」と、丁寧に色々説明してくれました。そして最後に、「ぜひとも当院に一度足を運んで頂き、カンファレンスを」とまで提案してくださいました。退院後の服薬は、「インスリン注射も、ワーファリンなどの内服薬も、日中であれば何時に服用しても(打っても)構いません」というものでした。その後、再入院することなく、看護師が毎日訪問し服薬とインスリン注射を行いました。
この患者さんは、数年間インスリンを打っておらず、また、同じくワーファリンも数年以上飲まずに過ごしていたのです。「人間の生命力はすごい!」の一言に尽きますが、その一方で、毎月外来を受診し、診察室で「薬は飲めていますか(打っていますか)?」という医師からの問いに、「はい」という虚偽の返事を返していたのも事実であり、薬局でもまた、同様のやり取りが行われていました。
このケースは決して特別ではありません。多くの在宅の現場では、程度の差こそあれ、こうした問題が放置されているのが現状です。本来、薬を処方することだけが医師の役割ではないはずですし、処方通りに調剤するだけが薬剤師の役割ではないはずです。薬物治療の本来の効果を最大限発揮させるためにも、在宅のこうした実態を薬剤師に見て頂きたいとつくづく思います。