充実していた派遣先病院での勤務延長が認められず医局へ戻るも、研究を続ける自信がない。幼い子供3人を抱えて、いつどこへ派遣されるか分からない生活にも不安を覚え、退局する。かつて出向先で突然の倒産を経験したことから、経営の安定した企業系病院への転職を決めた。
——転職を考えたきっかけを教えてください。
私はこれまで医局からの派遣で、公立A病院、私立B病院、公立C病院の3カ所を渡り歩きました。その中でC病院は職場環境にとても恵まれ、仕事が楽しく、やりがいを持って働いていました。できればもっと働きたかったので、2年間だった派遣期間の延長を申請したのですが、医局の都合で認められず、大学医局に戻ることになりました。
ところが、戻った大学で研究活動を続ける自信がありませんでした。また、「医局の都合で、いつ何時、ほかの病院へ派遣されるか分からない生活」にも不安を感じていました。当時は一番上の子供が小学校に入学するタイミングで、下に2人もいましたから、先々のことを考えると頻繁な転居は避けたかったのです。それに、収入的にも安定したかったんですね。ですから、そろそろ腰を据えられる病院があれば転職したいと考えるようになりました。
——転職活動はどのようにされたのですか?
「転職を考えている」という話を周囲にすると、医局のOBから「うちへ来ないか?」と声がかかりました。それが現在の勤務先です。とりあえず訪ねてみると、経営母体の企業の話から、病院の設備、福利厚生など、細かな条件を聞くことができました。
並行して医局に転職の意思を伝えると、「肩書きとしては悪くないだろうから、ここはどうか?」と公立病院の医長のポストを用意されました。確かに医長として長く勤められるのであれば悪くはないと思いましたが、勤務期間について保証はないですし、収入もあまり良いとは思えませんでした。
——年収はどれくらい希望したのですか?ほかに重視した条件はありますか?
希望した年収額は1500万円程度です。医局から紹介された公立病院は1000万円程度の提示でした。そのほかの条件としては、自宅から1時間以内で通勤できること、内視鏡の専門を生かせること、そして何より経営状態が安定していることでした。実は以前、B病院で倒産を経験していたんです。
本当に突然のことで、とてもショックを受けました。今思えば、倒産の前日に医局の集まりに顔を出した時、教授や医局長の私を見る目に、複雑な表情があったような気がします。翌日出勤してみると、院内が何となく異様な雰囲気になっていました。他の大学から派遣されていた医師が「潰れるよ」と言うので驚いて、上司に確認してみると、彼は「銀行が潰さないから大丈夫だ」と言う。それでもお昼には全員がホールに集められて、経営状態の悪化から病院を閉鎖するという発表がありました。経営陣が退陣するのかと思ったら、いきなり閉鎖ということだったので、寝耳に水という感じでしたね。
その後はすぐにいろんな業者がやってきて、トイレットペーパーまで残らず運んでいきました。薬も卸してもらえなくり、診療どころではありませんでした。病院側と団体交渉を始める医師もいましたが、私は患者の移転先を探すことを優先して、何とか無事に転院させることができました。後処理を終えて医局に戻っても、特にねぎらいの言葉もなかったですね。
そんな経験から、転職先の経営状態は事前に入念に調べました。データバンクなどで母体企業の財務状況を確認したり、その企業に勤務する大学時代の友人たちに社風を聞いたりもしました。倒産した病院は常に満床だったものの、過剰な設備投資をしていました。消化器系のスタッフが2人しかいないのに、内視鏡の装置は4台ありましたし、それほど稼働率の高くないCTやMRI、血管造影装置なども完備していました。ですから、そうした面にも注意を向けて、独自に調べましたね。