そんな状態でしたから、病院を支えるべき中堅の医師がどんどんいなくなり、残ったのは今さらどこにも行けない“お偉いさん”と研修中の若い医師のみ。そのうち、唯一の“頼みの綱”である若い医師も、ある程度現場に慣れると辞めてしまうようになりました。かつては応募が殺到していたというレジデントも、さっぱり来なくなったと聞いています。
それでも、私は長い間A病院に勤務していましたから、それなりに愛着があり、そう簡単には辞める決心がつかずにいました。しかしそれにも踏ん切りがつくときがきました。
私の立場は7年間ずっと、レジデントで非常勤でした。「もし常勤にしてくれるのなら残ろう」と思っていたのですが、交渉してみても、10年近くも前に病気で医局を辞めた“前歴”を持ち出され、望みはかないませんでした。私としてはそんな理由には全く納得がいきませんでしたし、病院の雰囲気も非常に悪くなっていましたので、「ここで学ぶことはもう何もない」と、A病院を去る決心をしました。
——現在勤務しているB病院にはどのように転職したのですか。
B病院は、A病院とは遠く離れたC県にあります。私はC県が好きでよく旅行していて、数年前にはC県の病院に派遣され、数カ月だけ仕事をしたこともありました。漠然とですが、「ここで働くのもいいかもしれないな」と考えたこともありました。
次第に転職が現実味を帯びてきたとき、B病院の存在が頭に浮かんだんです。ちょうどC県を旅行する予定があったので、C県の医療局にお願いして、B病院を見学させてもらうことにしました。
医療局の担当者は、2時間かけてB病院を案内してくれました。見学しているうちに「ここで仕事がしたい」という気持ちが強くなりました。具体的にどこがどうというわけではないのですが、看護師さんの働く姿や患者さんの様子を見て、「ああ、いい病院なんだなあ」と感じ取れたんですね。
月の初めに見学に来て、月末には採用が決まりました。実は、着任するときまで、病院関係者との直接的な接触はなかったんです。県の医療局の方が間に入り、諸条件を詰めるなど、エージェント的な役割を果たしてくれたので、助かりました。
今は常勤医として、B病院で働いています。みなさんとても好意的に迎えてくれましたし、業務が非常に効率化されており、医師が医師の仕事に集中できる環境にあるのもいいですね。
——医局に属さないことのメリット、デメリットは何ですか。
医局に属さないことのメリットは、自分で行き先を決められる、いたいだけいられるという点です。ただし、自分でいつ、どこで、何を学ぶかを決めて、「こういうことをやりたい」「これをさせてほしい」と病院側に主張しなければ、医師として成長していけません。医局のレールに乗っていれば必要なものが身に付いていきますが、それに乗らないことを選んだ以上、自力でやるしかない。私の場合、A病院時代には、待遇など条件面の交渉も毎年、自分自身で行っていました。
デメリットを挙げるなら、身分の保証がなく、トラブルが起きたときに守ってもらえないことです。さらに場合によっては、足元を見られて勤務条件などが悪くなることもあります。病院側にしても、医局という看板のある医師ではなく、どの程度信頼できるか分からない医師を雇用するわけですから、これは仕方がないと思います。
私は期せずして医局のレールから外れる道を進みましたが、医局に属さないという選択は誰にでも勧められるものではありません。自分が何をやりたいのか、どうありたいのかといった医師としての「あり方」にこだわりがあり、自分で交渉できる人、孤独に強い人であれば、かえって学びたいことが学べて成長していけると思います。
一方で、メジャーな科の場合、特に地方では、医局に属さないといい研修が受けられないところもあります。また、研究や留学をしたいと考えているなら、よほど能力に自信がある場合を除いて、医局に残ったほうが賢明でしょう。