しかし、ようやく診療所の経営が軌道に乗りかけてきたところで、元々少なかった事務スタッフに欠員が出ました。そのため、医師である私や看護師たちが事務仕事も手伝うハメになりました。もともと人員不足だった現場が、非常に厳しい状況に陥り、肝心の医療の現場でも、小さいミスが目立ち始めました。

 私は診療所の事務長に、欠員の補充を急ぐよう、何度も頼みました。しかし、事務長は欠員補充を行うどころか、自分の上司である本院の事務方の部長に「現場はとてもうまくいっている」と報告し続けていたのです。

 欠員補充に限らず、私が「こうしたい」と事務長にもちかけても、それが“上層部”に届くことはありませんでした。「本院にかけあって改善してほしい」と直訴しても、「いやぁ、私の口からは言えないよ。実際、現場はうまくいっているじゃない」の一点張り。事務長は、現場に問題があることは認識していました。しかし、それを報告して自分の評価が下がることを恐れていたようです。経費がかかるような改革や改善は御法度でした。欠員が出た際には、「ここで働きたい」という人が現れたにもかかわらず、補充は認められませんでした。

 それでは現場はたまったものではありません。実際、診療所のスタッフは皆、人手不足から疲弊しきっていました。ミスを恐れて、全員ナーバスになり、他人を思いやる余裕もありません。お互いがフォローし合わなくてはならない職場なのに、それができないのです。レントゲンの撮り忘れといった初歩的なミスに始まり、記録すべきバイタルサインの報告書が白紙状態で1カ月分も放置——そんなひどい状況に陥ってもなお、現場の環境が改善されることはありませんでした。

 「このままではいずれ、取り返しのつかない重大なミスを生むよ」と、私は繰り返し事務長に進言したのですが、聞き入れてはもらえませんでした。何かあってからでは遅いのに…と思うと、非常に腹立たしい思いでした。

 診療所を黒字転換させた実績も、正当に評価されることはありません。こんな状況がいつ終わるとも知れず、私自身も、次第にモチベーションを保つのが難しくなっていきました。現場と経営の足並みがそろっていなくては、患者さんにとっての“良い医療”を提供することなどできません。「このままここでやっていくのはもう限界」と感じ、2度目の転職を決意しました。良い勉強になったとは思いますが、同時に、私は経営には向かない、という実感もありました。

——転職先はどのように探したのですか。
 転職コンサルティング会社に登録していたのですが、結果的には、以前から誘っていただいていた知人を頼ることにしました。私という人間、私という医師を知った上で声をかけてくださる人がいる、という安心感がありましたから。

 転職先となる病院は転職コンサルティング会社にかなりの手数料を支払うと聞き、これからお世話になる職場に、無駄なお金を使わせるのはどうか、と思ったこともあります。とはいえ、もちろん何の人脈もなく、転職しなければならない場合には、そういったコンサル会社が頼りになるだろうと思います。

——転職に当たって重視したことは何ですか。
 私は小学生の子供を育てながら仕事をしていますので、報酬の多寡よりも、子供との時間が確保できるかどうかを重視しました。以前の職場では、子供と一緒に当直するようなこともしましたが、そうした切り抜け方にも限度がありますし。折しも、体調を崩した実家の父を故郷から呼び寄せて一緒に暮らすことが決まり、そのことも考慮して決めました。