質 問

 あまりの激務に嫌気が差して転職活動を始めたところ、先日、ある病院から今の年収の2倍に当たる高給を提示されました。勤務地も同じ東京近郊で、自宅からの通勤距離がさほど変わらず、自分ではこんなにいい話はないと思っているのですが、先方から早く決断するように迫られていて少々戸惑っています。迷わず転職すべきでしょうか。(卒後8年目、32歳男性、整形外科医)

回 答
落とし穴に気をつけて。理由もなく高給を出すところはない

 今回のような「都市部の病院から好条件を提示された」という話を耳にすることはあります。現在の2倍の年収を提示されれば、誰だって心を動かされるでしょう。あまりの高額に病院を選ぶ基準がぼやけてしまい、しかも「今すぐ決めてもらわないと、こちらにも都合がありますので…。ほかに希望されている先生もいらっしゃいますし」などと言われれば、ますます冷静に判断できなくなり、その場で「そちらに行きます」と答えてしまいかねません。

 そういう一見、おいしそうな話には、全部とは言いませんが、落とし穴があります。理由もなく、高給を出す病院などありません。それなりの金額を提示するというのは、「人件費に見合う分だけ働いてもらいます」というメッセージなのです。

 転職の相談を受けていると、時々、「あまり働きたくない。でもお金は欲しい」といったニュアンスでお話しされる先生がいらっしゃいますが、それはムシのいい話です。ほどほどの働きなら、給料もほどほど。それが社会の常識です。

 皆さんもご承知のことと思いますが、自分の給料がどういうプロセスを経て支払われているのか、改めて考えてみてください。病院の主な収入源は診療報酬です。患者を1人診るごとに診療報酬が発生し、その何千円、何万円の積み上げが病院のいわば売り上げになります。そこから設備償却費などが差し引かれた後、医師をはじめ、看護師など病院の運営に関わる人たち全員に給料として分配されるのです。

 ごく単純化して言うと、医師がより多くの患者を診れば、その分病院の収入も増えて給料も上がります。診療報酬の収入に連動して給料を支払う方法を採用している病院は、その最たる例です。多くの患者を診察し、年収3000万円を稼いでいるようなフリーランスの医師も、この仕組みに乗っています。つまり、高収入を得たいなら「数をこなす」ことが1つの方法になります。

 上のようなケースでは、24時間365日どれだけ診療をやれるかが全てです。例えば、当直を月に10日もすれば、かなりの高収入になるでしょう。しかし、そんな重労働はいつまで続くでしょうか。私はよく若い先生に、こうお尋ねします。「今は若いから体力に任せて月10日の当直をこなし、年収2500万円くらい稼げるかもしれませんが、50歳になっても同じように働き続けられますか?」 と。すると、先生方の多くは「その年齢になったら、とてもやっていられません」と答えますね。ガムシャラに働く方法では、いずれ限界を迎えるのです。

数字だけでは測れない「人間力」を磨け
 業務量を増やす以外の方法で、今と同等以上の収入を得ようとするならば、それだけの付加価値が必要です。技術を磨くのも1つですが、チーム医療が進んだ今ならコミュニケーションやリーダーシップの能力が物を言いますし、さらにキャリアを積んだ先生ならマネジメントなどのスキルが強力な武器になるでしょう。医師としての市場価値を高めるためには、臨床スキルだけでなく、いわゆる「人間力」を磨く必要があるのです。

 具体的には、チームの中に入って、きちんとコミュニケーションを取れるか、リーダーシップを発揮できるかが問われます。それらがどうにも苦手で、診療を真面目にやるのが性に合うという先生であれば、これからもコツコツと数をこなしていかなければいけません。40歳、50歳になった時、自分がどんな働き方をしたいのか、若いうちから考えておきましょう。