——医局を離れて、再び勤務しようと思ったのはなぜですか?


 私が目指していた医療は、基礎研究の成果を臨床に応用し、臨床でのフィードバックをさらに研究に生かすという、今でいう「トランスレーショナル・リサーチ」でした。3度医局を転籍する際にも、この研究と臨床の両立を実現させたいという思いが根底にあったのです。

 そして、最終的に落ち着き先を決めた、その総合病院の理事長は、「それまでの旧態依然とした診療体系を変えたい」という私の考えに理解を示してくれました。それだけでなく、診療科の改革の舵取りを託されたことが、ここで働くことの理由として大きかったです。実際に、それまでは各診療科に任されていた診療を、総合診療科がイニシアチブを取り、各科と連携しながらサポートしていく「チーム医療」ができるシステムに変えることができました。また、その病院では、大規模臨床試験に関するプロジェクトが始まっていたのも、私にとっては大きな魅力でした。


——勤務形態や給与などの条件は交渉しなかったのですか?


 私の場合は、「自分のやりたいことができるかどうか」が一番でしたから、そのほかの条件に関しては、あまり考えませんでした。そうしたことは、後からついてくるものだとも思っています。

 今の病院に来ている人たちは皆、「お金のことを考えていたら、ここではやっていけない」と言っています(笑)。一方で、「お金には換えられないものが得られる」とも。私自身は、系列病院のリニューアルや新規病院での立ち上げに携わったことや、病院機能評価や電子カルテの導入といった病院の運営やシステムに関わるなど、様々な経験ができたことが、お金には換えがたい財産だと思っています。


——医局を離れることに関して、不安はありませんでしたか?


 それはやっぱりありました。特に、「大学を離れたら、研究ができなくなるのではないか」という不安が大きかったです。ただ、医局から一般病院へ派遣されているときなどに、必ずしもそうではないということが分かりました。実験ができなければ臨床データを取るという方法もあります。自分のやりたいことを明確に持っていれば、多少の困難には立ち向かえるという自負もありました。